清水硝子が江戸切子で東京スカイツリーを装飾!エレベーターの画像写真がキレイ!和風総本家

こんにちは! 

 

2018年12月20日(木)  19時53分~21時48分に放送される

二代目 和風総本家スペシャル「~絶滅危機を乗り越えた職人たち~」

では伝統工芸・江戸切子を作ってきた老舗が特集されます。

番組予告では、

伝統工芸・江戸切子を作ってきた老舗が20年前廃業寸前に。わずか3年間で父と夫を亡くした女社長、赤字経営が続いていたが、あるきっかけでV字回復を遂げる!果たして?

引用:https://tv.yahoo.co.jp/program/52662508/

とのこと。

調べてみたところ、

東京・葛飾区で伝統工芸・江戸切子を製作されてきた

大正12年創業の老舗の女社長である清水硝子さんが出演されるのでは

ないかと思われます。

番組内では、時代の流れや突然の不幸などの理由で、かつて倒産等のに陥りながらも 独自のアイデアやたゆまぬ努力、運命とも言えるような奇跡の出会いなどによって復活をとげた職人さんがとりあげられます。

 

東京・葛飾区で伝統工芸・江戸切子を作ってきた大正12年創業の老舗 清水硝子さんは、いったいどのような独自のアイディアや努力を積み重ねてこられたのでしょうか。

 

廃業寸前だったのは、約20年ほど前。

 

伝統工芸・江戸切子の職人として働いていた愛する夫、そして2代目社長(現3代目の父)がわずか3年間の間に亡くなってしまったのです。

重要な戦力と精神的な支柱を一度に失った衝撃は

計り知れないですよね。

それだけではありません。

さらに同時期に大手業者からの発注が停止されました。

 

そんな状況に取り残された、2代目の娘(3代目)と養うべき職人たち…

 

倒産寸前まで赤字経営の中、

思いもよらないあるきっかけで業績がV字回復を達成されたようです。

 

そのきっかけはいったいなんだったのでしょうか。

 

今回、老舗 清水硝子さんの経歴プロフィールや伝統工芸・江戸切子そのものについても調べてみました。

 

では、最後までお付き合いください!

 

江戸切子(株)清水硝子さんのwiki風プロフィール

 

氏名・画像

https://www.katsushika-jikan.com/request/area/owners_profile_d/644/

 

株式会社 清水硝子(しみずがらす)
左:清水三千代(社長) 右:三田隆三(職人)

生年月日:[清水]1953年5月9日 [三田]1933年10月22日
出身地:[清水]東京都 [三田]神奈川県
血液型:[清水・三田]O型
趣味・特技:[清水]芝居・音楽鑑賞 [三田]草野球・ボウリング
好きな本・愛読書:[清水]田辺聖子作品 [三田]読書は新聞くらいですね(笑)
好きな映画:[清水]ハラハラしないハッピーエンドもの [三田]西部劇はほとんど観ました
好きな言葉・座右の銘:[清水]今を頑張る [三田]一所懸命
好きな音楽・アーティスト:[清水]フォークソング [三田]五輪真弓
好きな場所・観光地:[清水]千葉県鴨川の自然王国 [三田]京都」

引用:https://www.katsushika-jikan.com/request/area/owners_profile_d/644/


 

江戸切子(株)清水硝子の歴史・経歴

大正12年 深川菊川町にて先々代の清水直次郎氏が清水硝子加工場を創業。
昭和 3年 葛飾区小菅に移転。
昭和23年 現在地・堀切に移転。
昭和27年 有限会社化
昭和39年 株式会社化

 

連絡先

工房 株式会社清水硝子
電話 03-3690-1205 FAX 03-3690-1206

住所 〒124-0006 葛飾区堀切4-64-7

 

清水硝子は、私の祖父にあたる初代・清水直次郎が大正12年(1923年)に当時の本所区(現・墨田区)菊川で創業しました。その後、取引のあったガラス工場の移転に伴ってこの堀切に移って来たんです。私は三代目で、会社は今年で創業90周年。長きにわたり、江戸切子の製造・販売をしてまいりました。

 

三田隆三さんは、葛飾区伝統工芸士 東京マイスター!

 

中心となって働いている職人さんのひとりが、三田隆三さん。

現在、工場で1番の古株で、20歳にもならない若い頃から『工場長』という肩書で職人を続け、気がつけばなんと65年!

江戸切子の職人としても、東京都では、長い方に入るそうです。

そんな三田隆三さんがこの工場で働き始めたのは三田隆三さんが中学を卒業ししたときのこと。

将来就職をどうしようかと考えていたおり、清水硝子で職人として働いていた先輩から、手伝いに来てくれないかと誘われたのがきっかけだそうです。

男ばかり8人兄弟だった三田さん。

早く母を助けてあげたいと思う気持ちもあり、働くことを決心したそうです。

見る見るうちに腕を上達させ、現在得意とする技術は、カットグラス・切子加工・研磨全般で、特に高級切子・クリスタルガラスの加工は右に出るほどもいないくらいだそうです。

そんな、三田隆三さんですが、これまでの製作人生の上で最も思いいれがあるのは、「海外の王室へギフト品・江戸切子クリスタル大皿の製作(大手企業からのご依頼)」だそう。

匠の国・日本の和の贈答品ということで、江戸漆器・唐木細工・江戸切子のコラボレーションで特別に製作されたそうです。

心がけるのは、

「いい品を飾るだけでなく、使って頂きたい。」ということ。

江戸切子を親しんでもらいたいという思いがとても強いんですね!

 

 

そんな三田隆三さんが製作する江戸切子。

いったいどんな魅力があるんでしょうか。

調べてみました。

江戸切子の魅力!

https://www.saihou.net/works.html

江戸切子とは、ガラスの表面にカットを入れて装飾を施す技術のことです。

江戸切子の始まりは、1834年(天保5年)のころ。

江戸大伝馬町のびいどろ屋の加賀屋久兵衛という方が、金剛砂を用いてガラスの表面に彫刻することを始めたのがスタートだそうです。

昔は透明なガラスにカットをするのが主流だったのですが、江戸時代の後期から色付きのガラスにもカットするようになったとか。

そして明治時代に入ると、ヨーロッパのカットグラスの技法がガラス業界に導入されます。

その技術を日本独自に改良を重ね、ガラスの表面に様々な模様を施すガラス工芸の技法が確立され、継承されていってるのです。

最近ではやっているのは、白と黒、モノトーンのガラスにカットを施したロックグラス!

東京都の伝統的工芸品チャレンジ大賞で優秀賞するなど、とてもスタイリッシュなガラス作品も増えてきているそうですよ。

東京スカイツリーエレベーターの装飾がV字回復したきっかけ!画像や写真がきれい!

 

 

冒頭でも述べましたが、

 

当時、清水硝子2代目社長、3代目社長が、わずか3年の間に立て続けに他界。

廃業寸前にまで追い込まれてしまいました。

復活のキッカケは東京スカイツリーのみごとな装飾!

画像・写真はこちら!

http://aiai3.seesaa.net/article/283494801.html

https://mainichi.jp/articles/20160521/k00/00e/040/161000c

歴史や技術などを評価され製作したのは、

東京スカイツリーのエレベーター、エレベーターホールに飾られた3メートルのオブジェ、チケットカウンターに埋め込まれたプレート!

高さ3メートルの東京スカイツリーのオブジェは、60センチの長さの筒状のガラスにカットを施したり、いくつものパーツを組み合わせて作り上げたそうです。

隅田川の花火をイメージしたエレベーターの装飾には、370個を超えるパーツが使われており、清水硝子の技術の全てがつまったともいえる素晴らしい装飾が飾られています。

なんと、この東京スカイツリーの装飾がご縁で、東MAXこと東貴博さんと安めぐみさんはご結婚されたそうで、結婚式の引き出物の製作も担当されたそうです。

製作したのは王冠とティアラをモチーフにしたペアグラス。

真上から見ると花火をイメージした模様が楽しめるそうですおんp

工場長の三田さんにとっても、東京スカイツリーの装飾は、長い職人生活のなかで一番心に残る仕事だそうです。

作った本人でさえ、実際に自分たちが作った作品が飾られているのを目の当たりにすると、鳥肌が立つほど感動されたそうです。

それはそうですよね。

失礼ながら、ご本人様が亡くなられても東京スカイツリーが現存する限り、人に感動を与え続けられるのですから!

 

 

 

まとめ

2018年12月20日(木)二代目 和風総本家スペシャルに出演する東京・葛飾区で伝統工芸・江戸切子を作ってきた大正12年創業の老舗 清水硝子さんについてご紹介しました。

 スカイツリーに皆さん早く展望台に上がるさいには、エレベーターホールに飾られたオブジェを素通りせず、エレベーターの順番を待つ間に、ぜひみなさん注目してみてはいかがでしょうか?

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

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