横井庄一wiki人生まとめ!28年潜伏方法や結婚し妻や子供など家族は?食事や服や人生が凄い!

こんにちは!

2019年1月24日(木)  19時00分~19時56分に放送される

THE突破ファイル!

【内村サンドも衝撃…伝説の男の28年ジャングル潜伏生活&生きる術】

と題し、41年前の1月24日にグアム島で発見された、

終戦後も28年間ジャングルで潜伏生活続けた横井庄一さんが登場します!

THE突破ファイルに横井庄一氏が特集!

横井庄一という方をご存じでしょうか?

横井庄一さんとは戦時中に戦争の終わりを知らなかったため、

グアム島のジャングルでサバイバル生活をして潜伏し続けた人です。

その期間なんと28年間。

横井庄一さんがグアムで発見されたのは今から41年前の1月24日。

横井庄一さんは、終戦後も28年間ジャングルで潜伏生活を続けたそうですよ!

一体どうやってジャングルでサバイバル生活を送ったのでしょうか?

なんとサバイバルのなかで、

天ぷらや水洗トイレも作ったそうなんです。

ザ突破ファイルの番組では、謎に包まれたサバイバル術を完全ドラマ化!

帰国を遅らせた2つの大きな勘違いについて、解説すらそうです。

また、91歳の妻が激白の真実をメディア初激白するそうです。

気になりますね!

横井庄一さんについてまとめてみました。

 

横井庄一wikiプロフィール!戦争で日本軍での階級で現在は?

大正4(1915)年3月31日生まれで平成9(1997)年9月22日に既に亡くなっている陸軍の軍人である横井庄一さん。

出身地は、愛知県海部郡富田村、現在の名古屋市中川区富田町に当たる場所です。

洋服の仕立業を、昭和11年に地元で開業。

しかし、ほどなく戦争に出征することになります。

行き先は、グアム島。

1944年グアムの戦争時において、

横田庄一さんはグアム島に上陸していました。

1945年ポツダム宣言の受諾により、戦争は終結。

しかし、横田庄一さんは戦争の終結を知らずに、

そのままグアム島に残って一人ジャングルの中で隠れサバイバル生活を送っていたんですね。

日本では、そのことは一切気づかず同年9月30日に戦死したことになっていたそうです。

47年1月島民に発見されて、グアム島のジャングルから奇跡の生還をし、28年の時を経た1972年、無事日本に帰国しました。

なんと、帰国した同年の11月にご結婚されているようです。

この28年間に及ぶ密林でのサバイバルにおける生活力が話題になり、

各方面から講演依頼が殺到。耐乏生活評論家として活動されました。

自伝やその他著書を発行されているようです♪

横井庄一は28年間グアムのジャングル潜伏の人生逸話!サバイバルの方法、食事や服は?エピソードが凄い!

横井庄一が発見されなかった理由は?

やっぱり気になるのは

なぜ横井庄一さんは誰にも発見されなかったの?

というところですよね。

 

戦争が終わったグアムではその終結を日本の残留兵へビラや降伏勧告により通知していました。

それをみた日本の残留兵は帰国することになります。

それでもなお、 横井庄一さんは、戦争終結を米軍の罠だと思いこみ、信じれなかったんですね。

見つかったらどうなるのだろうか。

非情な殺され方をするならば、死んだ方がいい、と固い思いが潜伏の道を選ばせました。

グアムの森林の奥深くに洞穴を掘り、

米軍の影に怯えて28年間過ごされました。

グアムのから脱出できた?

生命の維持に不可欠な塩もなかったのでし、海やグアムからの脱出もトライした横井庄一さん。

久々ジャングルから外の世界をみてみると、

近代的な道路や建物の数々が整備されておりアメリカに占拠されてしまったと思ったんですね。

横井さんはもう米軍に見つからずに逃げきることはできないと考え、ジャングルの奥ふかくに潜伏することになったのです。

 

横井庄一さんのサバイバル方法は?

 

生き残るための衣食住は、横井庄一さんはどのように整えたのでしょうか。

 

衣類、服は?

横井庄一さんは、経歴でも触れましたがかつて洋服の仕立て屋として働いていました。

そのため、ヤシの実の繊維を割き、履くための草履などを調達したのです。

なんと、機織り機まで作るほどの技術だったそうです。

 

住居、家はどうしたの?

グアムのジャングルに潜伏していたら米軍に見つかり殺される恐れがある

そう思った横井庄一さんは、土のなかにに隠れることを考えます。

何mもの洞穴を人力で作り、なんとか人が居住できる場所をを作りました。

 

食事、食べ物は何を?

横井庄一さんのメインとなる食事は、植物が中心だったそう。

当然毒があるものもあり、腹痛を起こすこともしばしば。

試行錯誤し、食べてみて食べ方や毒の抜き方を身にしみて学習しました。

しかし、栄養素であるタンパク質がないと、いずれ死を迎えます。

そこで手先が器用な横井庄一さんはトラップを作り

ネズミや蛇、魚や鳥などを捕まえたのです。

このようにすべて自給自足の食生活を28年間続けたのですね。

時には生命の危機にも陥ったこともあるでしょうね。

例えば、嵐やハリケーンなどで食糧難になることもあったそうです。

横井庄一さんは油でグアムの生活に潤いを

グアムに自生するココナッツから油を作つた横井庄一さん。

油は文明の中で過ごすには欠かせないもので、ランプの明かりや調理するため等サバイバル生活に潤いを与えました。

 

横井庄一さんの見えざる戦争との闘い

 

横井さんたちは、いずれ米軍に殺されるのではないかと恐怖のなかで、生活していました。

グアムのジャングルでのサバイバル生活で、この恐怖が追加するなんて

どれ程の恐怖心だったのでしょうか。

何かに没頭することで、少しでもその恐怖は薄れるのではないか

 

そう思った横井庄一さんはもの作りに励んだそうです。

一心不乱にものづくりするときが安らぎの時だったんですね。

横井庄一以外の他の軍人はどうなった?

横井庄一さんは2人の軍人と3人で暮らしていました。

しかし、年齢差がある若い二人とは、どうしても揉めることが多かったそう。

そのため、横井さんは一人で独立することを決意!

もうひとつ洞穴を作り上げることに成功し居住することになりました。

ちなみに、その戦友たちは、横井さんが発見される8年ほど前に亡くなりました。

どれ程心細かったんでしょうね。

米軍の中に誰にも頼れず一人きり、心が痛いですよね。

横井庄一さんが発見されたきっかけは?

現地での住民がジャングルで狩猟していたときにに、偶然横井庄一さんを発見したようです。

見つかれば死を覚悟していた横井庄一さん。

戦争は終結していたのですが、ここでもひと波乱あったのです。

 

発見者の一人の身内が日本兵に殺された過去を持っていたので、日本兵に強い遺恨を残していたため、横井庄一さんを同じく殺害しようとしたのです。

 

しかし、なんとか難を逃れ帰国することになったのです。

横井庄一さんが帰国

横井庄一さんは、28年間のサバイバル生活を経て、ついに1972年帰国しました。

 

1972年と言えば、グアムは新婚旅行など観光で有名にになっているというころ。

帰国した際には、当時流行語となった

『恥ずかしながら生きながらえておりました』と発言。

よく生き延びたと、そう思いますよね。

 

帰国したあともサバイバル?

当時の日本と言えば高度経済成長を経たころ。

かつてとかけ離れた日本の技術や生活の変化には、驚愕したのではないでしょうか。

 

しかし、横井庄一さんは持ち前の順応力で、生活を変え、結婚もされました。

世間から物珍しい目で見られた横井さんは、世の中に嫌けが指したころ出会ったのが奥様でした。

人間不信にも陥っていた横井庄一さんの心を開いたのが幡新美保子さんという一人の女性、妻だったのですね。

詳しくは後述します。

その後、日本の生活に順応し余生を過ごされました。

横井庄一さんは結婚して妻や子供などの家族の現在は?

語り継ぐ戦争 グアム潜伏28年の故横井庄一さんと結婚 横井美保子さん

結婚したのは1972年11月3日です。
1月に発見され、名古屋市中川区の実家へ帰国した横井庄一さん。

しかし母はすでに亡くなり、養子夫婦が跡を継いでいて、「居候」。

そんなこともあり横井庄一さんは結婚を急いでいました。

そして帰国の年の8月、当時京都で暮らしていた妻と見合いをしました。

横井庄一さんは、ちょっとひねくれていていきなり、初対面の妻に「わしを見に来ただけだろう」と言いはなったそうです。

 

ずっと見せ物扱いにされ、結婚話も実らず、思い悩んでいたんでしょうね。

妻は、思わず「失礼な」と声を上げたそうです。

妻なりに「戦争で苦労された方なら」と心を決めて見合いにきたところそんな言葉を言われてショックだったんでしょうね

しかし横井さんは怒るどころか逆にうれしかったらしいんです。

「怒ってくれる人が好きだ」と言い出しました。

自分のことを真剣に考えてくれる女性がでてきたことに心打たれたんでしょうね。

しかし、現実は時に甘くなく夜は、戦争で家族を失ったご遺族が横井さんに、憤りをぶつける相手がいなくて電話してくる日々が続いたそうです。

もちろん温かく見守ってくれる人もおり、家も全国の見舞金で建てたそうです!

没後の2006年、それが横井記念館となり、恩返しの意志を今も伝えています。

 

 

横井庄一の映画や書籍、記念館は?

 

横井庄一のサバイバル極意書 もっと困れ! (Be‐pal books)

グアム島での28年間の生活の中で会得した生き残りの奥義。

自分で作り、自分で使ったサバイバル用品とサバイバル術が紹介されています・

 

体験した人しか書くことが出来ない壮絶な事が、

細々と、その時の心情も合わせ、

本人の飄々とした語り口で綴られており、

感動と面白さを伝えています。

 

「このごろの人は、困り方が足りないんだと思う。だからくだらないことで甘えるんだよ。子供だってそうだ。・・心底困り果てた時は決まって神や仏が助けてくれるものだと思う。本当に困らないと助けてくれない。・・本当に困り果てた人間には神や仏が知恵を浮かばせてくれるんだと思うよ。」


本に記載されているこの言葉には彼の多くの人生がつまっているんでしょうね。

 

横井庄一記念館

 

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