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遠山正瑛の名言や動画や経歴!中国砂漠をポプラ緑化で銅像!大学や現在は?子孫も気になる!世界ナゼそこに日本人

こんにちは!

2019年5月13日(月)  20時00分~21時54分 に放送される

世界ナゼそこに日本人

スゴすぎる世界の日本人SPとして、とある日本人の偉人が登場します。

2千万人の難民を生んだ中国の「死の土地」で歴史的偉業を成し遂げ

中国で大感謝される日本人偉人らしいんです。

調査したところ、その方のお名前は遠山正瑛(とおやませいえい)さん。

どんな偉業なのでしょうか??!

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遠山正瑛(とおやませいえい)氏の偉業が世界ナゼそこに日本人で特集!

世界で成し遂げた、知られざる日本人の活躍を紹介してくれる、

世界ナゼそこに日本人。

世界で活躍しながら日本人でありながらそのご活躍を知らないことが多く、日本人としての偉業を知ると言うことは自分は何もしてないにしろ、嬉しいですね。

さて今回特集されるのは、2千万人の難民を生んだ中国の「死の土地」で歴史的偉業を成し遂げ中国で大感謝された、遠山正瑛(とおやませいえい)さんと言う方。

① マグサイサイ賞を受賞

なんと、遠山正瑛(とおやませいえい)さんは、その偉業により

マザー・テレサやダライ・ラマも贈られた「アジアのノーベル賞」とも呼ばれるマグサイサイ賞を受賞されているようです。

マグサイサイ賞マグサイサイしょう、正式名称:ラモン・マグサイサイ賞、英: Ramon Magsaysay Award) は、フィリピン大統領ラモン・マグサイサイを記念して創設された。 毎年マニラ市のラモン・マグサイサイ賞財団により、アジア地域で社会貢献などに傑出した功績を果たした個人や団体に対して贈られる。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/マグサイサイ賞

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② 中国で遠山正瑛(とおやませいえい)氏の銅像

さらに、なんと中国で日本人ながら銅像まで建築されているとのこと。

これは驚くべきことだと思いません?!

あの・・言っちゃ悪いですけど、プライドが高い中国人が他国の、日中戦争を起こしたこともある日本人の銅像を建築したなんて。

もちろんこれは中国史上初めてのことで、

しかも、生前に銅像を建てられたのは、

中国の偉大な指導者・毛沢東と、遠山正瑛(とおやませいえい)さんだけ

なんだとか。

毛沢東さんと肩を並べるなんてドンダケーって感じですよね!

その偉業の内容がかなり気になります。

80歳を超えて、何度くじけても諦めない不屈の闘志で活躍された

遠山正瑛(とおやませいえい)さんのプロフィールや経歴、偉業について追ってみたいと思います。

 

遠山正瑛(とおやませいえい)氏のwikiプロフィール

遠山正瑛(とおやませいえい)さんのプロフィールはこちら。

  • 昭和・平成期の園芸学者 鳥取大学名誉教授;日本沙漠緑化実践協会会長。
  • 生年 明治39(1906)年12月14日
  • 没年 平成16(2004)年2月27日
  • 出生地 山梨県富士吉田市
  • 学歴〔年〕 京都帝大農学部〔昭和9年〕卒
  • 学位〔年〕農学博士

遠山正瑛の経歴!中国砂漠をポプラで緑化

 

遠山正瑛(とおやませいえい)さんの偉業って何?

そもそも、遠山正瑛(とおやませいえい)さんの中国での偉業って何なのでしょうか?

簡単にご説明すると、1991年頃から中国の砂漠の緑化を進め、

ボランティアなどの協力を得ながら300万本以上のポプラを植えたことです。

ポプラを砂漠に植えたことで広がった森林には動物たちが戻り湖まで生まれたそうです。

その結果、2千万人の難民を生んだ中国の「死の土地」がよみがえり、中国からとても感謝されたわけですね。

 

遠山正瑛さんの経歴

遠山正瑛(とおやませいえい)さんは真宗寺院の三男に生まれました。

世のため、人のために働いて欲しいという母の思いを胸に

人生を無駄に過ごせないという意思で、一生を過ごしていったそうです。

遠山正瑛(とおやませいえい)さんの祖父はとても厳しかったため

正義感のつよい方となりました。

農業を勧めてくれた恩師との出会いで京都大学へ

家が貧しかった為、将来漠然と園芸農業をしようと思っていた遠山正瑛(とおやませいえい)さん。

京都大学農学部の教授の自宅を訪れた際に、京都大学を進められ

京都大学農学部に進学。

ここで教授から言われた言葉が遠山正瑛(とおやませいえい)さんの人生に大きく影響を与えます。

農学を選んだ以上、休みはありません。

動物、植物は一日も休んでいない。

今日から一日も休んでは駄目です。

この言葉と、母の教えや祖父の厳しさが遠山正瑛(とおやませいえい)さん

の一生に強く影響を与えたんだと思います。

なんと、中国の砂漠緑化の仕事を推薦したのもその教授だったそうですよ。

中国の土地と農業の調査研究を教授の助手をしていたときに声をかけてくれたそうです。

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中国へ砂漠緑化調査直後、日中戦争勃発

遠山正瑛(とおやませいえい)さんは昭和10年から外務省文化事業部の留学生として北京に滞在。

1935年29歳に最初に中国へ砂漠の調査へ。

水さえあれば、中国の砂漠を緑化できるのではないかと確信したところ

1935年に日中戦争勃発。

帰国することになりました。

鳥取大学に赴任し鳥取砂丘で砂漠緑化の研究

遠山正瑛(とおやませいえい)さんは帰国後、現在の鳥取大学農学部に赴任。

教授が研究していた梨の研究を引き継ぐ予定でしたが、

教授から死の間際に、

鳥取の砂丘で砂地農業の研究に取り組み、中国の砂漠研究に活かせと

気づかされ、本格的に中国の砂漠の緑化の道へ。

「不毛の沙漠で農作物はできない」という常識を打ち破って、

スプリンクラーを日本で初めて導入し、

メロン、イチゴ、ブドウなどの高級果物の栽培に成功したそうです。

中国で、ブドウ園や「葛」、ポプラの植樹

1972年、65歳で鳥取大学を退官した遠山さんは中国の沙漠緑化に本格的に取り組むことに。

遠山正瑛(とおやませいえい)さん1979年、72歳のときに中国へ。

再度、77歳のときに「中国砂漠開発日本協力隊」の隊長に選出され

本格的に砂漠を緑化することに着手。

まず取り組んだのが、ブドウ園の計画!

ブドウ園?!と思いますよね。中国の反応も最初は半信半疑でしたが

3年後ブドウの木から見事なブドウがなったのをみるやいなや遠山正瑛(とおやませいえい)さんのことを見直し、評判になったそうです。

中国の蘭州北部の砂漠地帯に5haのブドウ園をつくり、

いまでは1,000haにまで広がっているそうです。

 

反日感情が残る中、緑化に励む遠山正瑛(とおやませいえい)さん。

「葛」は日本でも緑化に役に立つと実践済みで、中国に持ち込みます。

現地の人には侵略しにきたスパイと憎まれたそうです。

しかし、砂漠が緑になれば現地の人も理解してくれる

自分には休む暇はないと緑化に励みました。

しかし、その緑化には多くの苦労が待ち構えていました。

やっとのことで、「葛」の苗を3000本植えた翌日のこと。

羊の放牧により、葛の苗は食べられてしまうのです。

現地民へ土下座でもして頼み込んだ遠山さん。

しかし、現地の人には受け入れられませんでした。

 

一度は命を絶とうとしたこともあった遠山正瑛(とおやませいえい)さん。

しかし、前を向き進み始めました。

 

ポプラの木の有効性に気づいたときはすでに84歳。

なんと5年で100万本植えることに挑戦したのです。

1日のノルマは540本、毎日15時間の苦労を重ね植え続ける日々。

しかし十分な水が無い砂漠でポプラは、すぐに枯れるという困難に直面しました。

なんとか、水がある水脈に根がたどり着くまでポプラが行き続ける方法は無いものか・・・

一度日本に帰国し考え続けます。

そして、ついにとある日本の技術を活用することに気づいたのです。

テレビで放送される、紙おむつのCM

ポリマーという布に比べ1000倍の水を溜め込むことができる技術を活用しようと思いついたのです。

ポプラの根に、ポリマーを根につける事で、水を溜め込むことができ水を吸収できるのではないか

そう仮説を立てた遠山正瑛(とおやませいえい)さんはポリマーをすぐに取り寄せます。

そして中国に持ち込み、ポリマーをポプラの根に絡ませ植えたのです。

苦しんでもやらないといけない

やらないとわからない

前向きにどうやったら解決できるのか、あきらめることなく砂漠と向き合い続けたのです。

絶対に成功させてやると言う意思で8年間続け、

88歳のときに、ついに100万本を達成直前かというときに

さらなる試練が遠山正瑛(とおやませいえい)さんを襲ったのです。

 

なんと、ポプラの木が黄河の大氾濫で流されてしまったのです。

8年間もの歳月の努力を重ね、全てを失ったのです。

しかし、その思いは現地の人には伝わっていました。

これまで遠山さんのことをスパイと蔑んでいた人たちが、

そのあきらめない精神に心打たれ協力を願い出たのです!!

多くの地元の人たちの協力の下、急ピッチで植林が進み、89歳のときについに植林が完成しました。

なんと340万本ものポプラを植樹したそうです。

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中国で銅像

中国政府は、1999年8月、遠山正瑛(とおやませいえい)さんの功績を表彰し

銅像を建設しました。

1メートルくらいのじゃないですよ・・

なんと、2メートルの台座に、高さ4メートルに及ぶ巨大な銅像なんだそうです。

銅像の大きさも、彼の偉業を表しているようですね。

その銅像の台座には「90歳の高齢ながらたゆまず努力し、志を変えなかった。」 と讃えています。

さらに、中国政府は遠山氏に「国家友情賞」、

内蒙古自治区政府は「栄誉公民」の称号をそれぞれ授与し、

国連も「人類に対する思いやり市民賞」を遠山氏に贈ったそうです。

これほどまで評価されていた偉業を達成した人を正直知らなかったなんて恥ずかしい限りです。

現在はすでに遠山正瑛(とおやませいえい)さんはなくなられています。

中国に、亡骸を埋めて欲しいという遺言のとおり、砂漠に運ばれ埋葬されたそうです。

遠山正瑛(とおやませいえい)の名言

遠山正瑛(とおやませいえい)さんは、不屈の精神をもちこれまでも多くの名言を残しているようです。

その名言について調べてみました。

まず、遠山正瑛(とおやませいえい)さんは中国だけの飢餓を無くそうという意思で植林をしたわけではありませんでした。
「砂漠緑化は食糧増産につながり、戦争を防ぎ、世界平和への道だ」
と多くの要人たちを説得していったです

遠山正瑛(とおやませいえい)さんの意思を表している名言としては

「やれば、出来る。やらなければ、出来ない。続けさえすれば、いつかは成功する」という名言。

遠山は日本でボランティアを募り、募金を集めて、

苗を買って独自に植栽に取り組んだというのが70歳、80歳になってからというのがすごいですよね。

 

 

遠山正瑛のyoutube動画!プロジェクトXでも特集

プロジェクトX 挑戦者たち」は、画期的な事業を成し遂げた無名の日本人たちを主人公に、

成功の陰にある知られざるドラマを描いた番組です。

こちらの番組でもかつて遠山正瑛(とおやませいえい)さんは特集されたようです。

画像が荒いですがプロジェクトX 挑戦者たち」の動画がありましたので、ご紹介します。

他にも様々な動画があります。

遠山正瑛90歳の講演 富士吉田名誉市民授与式記念講演の抜粋

遠山正瑛さんが90歳の講演の動画です。

 

遠山正瑛(とおやませいえい)氏の本の口コミ

 

沙漠緑化に命をかけて

遠山さんは鳥取大学名誉教授で現在96歳。このたびアジアのノーベル賞とも言えるマグサイサイ賞を受賞されました。その人生のほとんどを沙漠緑化に尽くされ、息子さんも同じ道を歩まれています。沙漠の緑化には、単に木を植えるのではなく、なぜ砂漠になったのかを知るとともに、その地にあった植生や段階的に草本から植えていく、などとても理に適った手法だからこそ成功したのだということが納得できます。遠山さんの沙漠との取り組みに対する情熱が伝わってくるこの1冊。環境問題に興味のある方にお勧めです。

引用:https://www.amazon.co.jp/%E6%B2%99%E6%BC%A0%E7%B7%91%E5%8C%96%E3%81%AB%E5%91%BD%E3%82%92%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%A6-%E9%81%A0%E5%B1%B1-%E6%AD%A3%E7%91%9B/dp/4484922223

 

遠山正瑛(とおやませいえい)さんの子供や子孫は?

 

 

 

 

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2 件のコメント

  • 私は中国人としても、遠山さんを尊敬しています。
    TVの放送を見ている時に、感動して、思わず涙が出てしまいました。
    もっと遠山さんのことを中国人にも知らせたいです。

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