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高山良二(元自衛官)カンボジア地雷除去経歴はアンビリーバボー!!寄付先や

こんにちは。

2019年6月13日(木)  19時57分~21時00分に放送される

奇跡体験!アンビリバボー【知られざる世界を変えた日本人】

2002年の自衛官の退職後、わずか3日後にカンボジアに旅立ち

600万個あるとされる地雷、不発弾を

持ち前の地雷、不発弾を処理する技術で撤去する活動をされている

日本人が登場します。

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高山良二さんって誰?カンボジアで地雷除去!アンビリーバボーで特集

アンビリーバボーで特集される

2002年の自衛官の退職後、わずか3日後にカンボジアに旅立ち

600万個あるとされる地雷、不発弾を

持ち前の地雷、不発弾を処理する技術で撤去する活動をされている

日本人その方のお名前は、高山良二さんです。

高山良二さんは2002年まで自衛官として勤務しており、

カンボジアの悲惨な状況を目の当たりにしていたそうです。

特に、1番の問題である地雷、不発弾はなんと

現在も600万個も埋まっているとのこと。

高山良二さんはその地雷、不発弾を処理する技術を持っていました。

しかし、高山良二さんの思いとは裏腹に

自衛官時代は、その地雷除去の任務にはつくことはデキませんでした。

畑を耕すこともできず、貧しい生活を送るカンボジア人のことを

なんとかしてあげたい、高山良二さんのその強い思いはついえることが

ありませんでした。

「カンボジアに行きたい」

その思いで自衛官を退官後、わずか3日後には高山良二さんはカンボジアに旅立ったそうです。

ご結婚されているため、妻もカンボジアの地へ。

その夫婦が下したアンビリバボーな決断には、

夫を支えた妻の葛藤が隠されていたそうです。

今夜のアンビリーバボーでは、地雷、不発弾処理のスペシャリスト

高山良二さんに迫ります。

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カンボジアの地雷、不発弾の悲惨な状況!誰がその現状を帰るのか!アンビリーバボー

 

カンボジアでは1970年から20年以上にわたって内戦が続きました。

その結果、カンボジアでは1970年以来、

20年以上にわたって推計400∼600万個におよぶ

大量の地雷が埋設されました。

地雷除去機の開発により格段に作業スピードは

上がることになりましたが、

地形・地盤の状況によっては機械が入ることのできない地域は多いそうです。

高山さんがカンボジアに行った2002年のならなおさら。

地雷が他の兵器と違うのは、あえて「人を殺さないこと」を

目的に作られていることです。

殺してしまうよりも負傷させたほうが敵がその敵を救護するため

脚を引っ張ることができます。

その地雷がいまカンボジアの市民や子どもたちを襲っているのです。

現在、地雷・不発弾を撤去するため、

カンボジア政府機関やNGOの地雷撤去団体が活動しており、

ディマイナーと呼ばれる地雷撤去員たちは

40度を越す熱帯の過酷な環境下でまさに命がけで活動をしているそうです。

その基盤を作ったのが今回アンビリーバボーに登場する高山良二さんと

いうわけですね。

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高山良二さんは自衛官PKOでカンボジアへ!地雷撤去活動はできず:アンビリーバボー

高山良二さんは、愛媛県北宇和郡三間町(現・宇和島市)に

生まれました。

36年間の陸上自衛隊勤務時代には、主に施設科部隊に在籍する。

戦闘部隊を支援するため、

各種施設器材をもって障害の構成・処理、陣地の構築、

渡河等の作業を行うとともに、施設器材の整備等を行う部隊ですね。

地雷処理などに高い技術をもっている部隊です。

その陸上自衛隊勤務時代に高山良二さんは

1992年から93年にかけてPKO活動で初めて

カンボジアに派遣された自衛官の1人です。

その時のPKO活動では、

世界の各地域から大規模な国連平和維持活動が実施。

日本の自衛官は、停戦監視、文民警察、選挙、

及び道路・橋の修理などの後方支援の各分野の協力を行ったようです。

高山良二さんも、

平成4年から5年に自衛官としてカンボジアの

PKO(国連平和維持活動)に参加されました。

道路や橋の整備を半年間するなかで、カンボジアに大量の地雷が埋まっていること。

どこに埋まっているかわからない地雷にカンボジアの人々は苦しみ

畑も作ることができず、

 

そして、その地雷がカンボジアの人々の命を狙い続けていること

にこころ痛み、必ずカンボジアの地に戻ってくることを

プノンペン空港を離陸して、

機上からカンボジアの大地を見下ろしながら、決心したそうです。

成人していない息子が今は二人いる。

しかし、いつかはこのカンボジアの地に戻ってくるという強い決意を胸に

カンボジアノチを後にしました。

高山良二さんの地雷除去活動

英語の学習や、苦手なパソコンの技術も学びました。

そして現地の仏教徒の考えも学ぶため、東大寺の僧侶資格も取得したそうです。

自分たちよりも苦しんでいる人を助けたい。

なんとか、その人たちを助けたいその思いで妻へ渡航資金を出してもらうことを依頼。

その強い思いを妻は応援し、2年間の渡航資金を出しました。

アンビリーバボーで特集される高山良二さんが

カンボジアの地に戻ってきたのはそれから10年後。

なんと、2002年5月、定年退官した3日後には

日本のNGOの一員としてカンボジアに向かったそうです。

 

自衛官勤務中も、その思いが途切れることはなく

余計に燃え上がっていったんでしょうね。

しかし、そんな高山良二さんを心の病が襲います。

カンボジアに到着後、地雷撤去活動立ち上げの準備を

するものの2週間で突如不安定な精神状態に陥ったそうです。

カンボジアでの不発弾や地雷撤去の道は困難を極めました。

日本の技術者でさえ、不発弾処理に時間を要し、

不発弾だけでも処理するのに資金が必要で、

地雷にまで手を付けることができなかったのです。

 

その時の心境は、高山良二さんご本人さんしかわかりませんが

自衛官時代から一転、発展途上国のカンボジアに赴く決心をしたこと。

これから本当に言葉が通じず文化も異なるカンボジアでやっていけるのか

様々な色々な思いもあったのでしょう。

苦しい日々を過ごしながら過ごしたそうです。

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高山良二さん一時帰国し、再度カンボジアで地雷除去活動へ:アンビリーバボー

 

アンビリーバボーに登場する高山良二さんは

2004年9月、遂に精神状態が限界になり、

一度帰国して精神異常を治療することになります。

約2年間カンボジアにいたわけですね。

強い挫折感を覚えたそうです。

しかし奥様にとっては高山良二さんの心身など心配だったでしょうね。

再就職を提案する妻でしたが、高山良二さんは諦めませんでした。

支援から教育へ!地雷撤去でカンボジアの未来をつくる

外務省に電話をかけた、高山良二さん。

カンボジアの住民参加型の地雷撤去の活動を立ち上げることを提案したのです

つまり支援から教育への転換の提案です。

 

なぜ、ここまでカンボジアの地雷撤去にこだわるのか。

妻は、高山良二さんへ質問します。

 

自衛官時代に、現地で自分が地雷撤去の技術を持っていながら

何もできなかった自分へのいらだち。

行動を起こさなかった自分を後悔しながら人生を終わらせたくない

そう妻へ思いを告げました。

再びカンボジアへ!デマイナーの育成を

心身の治療を行った1年3ヶ月後

再びカンボジア地雷撤去のために渡航することになったのです。

再びカンボジアへ向かった高山良二さん。

数十ヘクタールに及ぶ地雷原が埋まる地へ赴いた高山さんは

現地で、地雷探知員デマイナーを育成するする活動を開始します。

デマイナーは金属感知器を使いながら、

一歩一歩細心の注意を払いながら前進するそうです。

なんと40センチ進むのに、1時間もかかることもあるそうですよ。

地雷を取り除くことが未来へつながる、そう高山さんは訴えます。

そんな未来へ向けてカンボジアの市民と頑張ろうとしていた矢先

悲劇が襲ったのです。

なんと、地雷撤去中に、7人のデマイナーが対戦車用の地雷で亡くなったというのです。

この事件により、地雷除去の芽が積まれるかもしれない

そう思いながらも、地雷撤去を強制することはできず

今後地雷除去を継続するかアンケートを取りました。

すると、なんと地雷撤去をやめると答えたのは1名だけだったのです。

少しずつ、農地は広がり子どもたちの

予算確保のため、日本でも講演会などを行う高山さん。

妻もそのサポートを行いました。

妻が脳腫瘍に!

しかし、そんな妻を悲劇が襲いました。

なんと、脳腫瘍という命の危機で危篤状態になりました。

かなり、重篤な病状で、手術も成功するかわからないような状況でした。

地雷撤去を継続するのか。

妻のもとにいるのか。

高山良二さんは辛い選択でしたが、

これまで活動してきたNGO地雷処理団体

を辞める決心をし退任したそうです。

しかし、妻は昏睡状態におちいり、危篤状態へ。

自分がカンボジアに行くことにより、心労を重ねたせいじゃないか。

自分を攻め続けたそうです。

幸い妻はは手術に成功し奇跡的な生還を果たし、

現在では元気な姿に戻りつつあるそうです。

 

NPO法人国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)

 

妻の、再びカンボジアでの活動を再開することにし、

NPO法人国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)を設立。

地雷撤去だけがこのNPOの目的ではありません。

道路整備や井戸の設置、日本企業の誘致により雇用の創出

以前はタイに出稼ぎに行っていましたが、

今はカンボジアではたらく人も増えてきました。

地元の子供たちのために、日本で寄付金を集め学校も設立し

教育にも力を入れているようです。

キャッサバ芋で地酒ソラークマエ製造

 

地雷で村人の収入源創出のために、

村特産のキャッサバ芋を使って焼酎を作ろうと、

酒造りの経験ゼロの高山さんと地元の女性数人は考えます。

日本の酒造メーカーの協力を得て、

ついに発案から9年目にして今年、

豊かで深い味わいの美味しいお酒「ソラークマエ(赤)」が

この世に生まれたそうです。

 

高山良二さんの講演や寄付先は?

高山さんは地雷除去活動の資金源を得ようと、

日本各地で講演活動を行なっています。

このように、昨日も松山市内で報告会が開催されたようです。

6月22日にも講演会が開催されるようです。

高山さんのIMCCDの活動はご寄付に支えられています。

カンボジアの地雷原のそばで暮らす子ども達や

村の人々に安全を届けるための

地雷除去活動への寄付も受け付けているようですよ。

ご興味がある方はこちらをご覧ください。

http://www.imccd.org/support.html

 

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