スポンサードリンク

佐藤行雄(Yサトー)wiki経歴!ソロモン諸島の英雄が民族紛争解決!妻は首狩族で殺されそうに?!世界ナゼそこに日本人

こんにちは!

2019年3月18日(月)  21時00分~22時48分 に放送される

世界ナゼそこに?日本人

ソロモン諸島で民族紛争を終結させた日本人のYサトーこと佐藤行雄さんが登場します!

川畑静(カワバタ)はパプアニューギニアでビッグマン!偉業や経歴、現在は?

長谷川昌子(ハセガワマサコ)はなぜパキスタンに?学校建設の経緯は?長谷川恒男世界なぜそこに日本人

Yサトーこと佐藤行雄が世界ナゼそこに日本人に登場

世界ナゼそこに日本人とは、

世界各地で活躍する様々な経歴を持った日本人を取材・紹介し、

ナゼそこで働くのか、ナゼそこに住み続けるのか

紹介してくれるとてもユニークな番組ですね!

今回の特集は

海外で“英雄”と呼ばれ感謝される日本人偉人伝説2HSP

ということで海外で“英雄”と呼ばれる日本人が続々登場するようです。

その中で、気になったのは

ソロモン諸島で民族紛争をたった一人で終結させ“英雄”と呼ばれる男性。

どうやらその日本人は

ソロモン諸島で民族紛争を終結させたというから驚きです。

調べてみると、その方の名前は佐藤行雄さん。

ソロモンの地元では「Yサトー」として知られているようです。

いったいどんな日本人なのでしょうか。

気になったので調べてみました。

 

スポンサードリンク

ソロモン諸島とはどんなところ?場所やアクセスは?

ソロモン諸島とは

ソロモン諸島は、南太平洋のオセアニアのメラネシアにある島々のことです。

諸島というので、国じゃないようですが、れっきとした主権国家。

地理的に言うと、オーストラリアの北東といったほうがわかりやすいでしょうか。

ソロモン諸島は、6つの主要な島と、900を超える島々からなっています。

地図でいうとこのあたり。

国土面積は28,400k㎡で人口は約60万人。

首都はソロモン諸島最大のガナルカナル島の「ホニアラ」です。

そんなソロモン諸島ですが海がとても綺麗!

 

View this post on Instagram

 

ソロモン良かった #ソロモン諸島 #ホニアラ #旅行

わたなべこうきさん(@nabewtnb)がシェアした投稿 –

そして、美しい自然が広がるこの国は、

治安が良く、親日家も多いため、とても人気があります。

なんと、ソロモン諸島は2017年にWHOが定めた

世界で一番呼吸したい国」 になってるそうで、

年末年始になるとオーストラリアからの旅行者が

たくさん息を吸いにきているそうです。

そんなソロモン諸島ですが、過去には日本の戦争の舞台ともなりました。

スポンサードリンク

ソロモン諸島と日本との関係は?

ソロモンと日本には切り離すことができない過去があります。

第二次世界大戦、1942年8月のガナルカナル島の戦いでは

米軍に大敗し、日本が敗戦へ向う転換点となった戦いです。

激戦地で、現在も弾薬や戦闘機の残骸が残っています。


当時の戦艦もそのまま残っています。

ソロモン諸島では「タイヨウ(ツナ缶)」が人気!?

一方で現地の人に、日本のことについて知っていることを聞くと

皆、口をそろえて「タイヨウ」と言います。

タイヨウとはどうやらカツオのツナ缶のようです。

島に囲まれたソロモンはカツオやマグロが安い!


日本の旧大洋漁業とソロモン政府が共同で設立した水産会社

ソロモン大洋がツナ缶を作っていたため、

日本の食材として現地ソロモン諸島の方々に知れ渡っているんですね。

Yサトーこと佐藤行雄のソロモン諸島の現在は?!

 

首狩族のロビアナ族と結婚!

日本人が結婚したのは首都ホニアラから500キロ離れたロビアナ島


国内都市ムンダへ飛行機で行くと、

ムンダからロビアナ島までは小さな小船で行くことになります。

しかしロビアナ島はかつて首をかる風習があったんだとか・・・

ロビアナ島はやしの木を葺いた高床式倉庫で、電気ガス水道も整備されていないような秘境。

恐ろしいですよね~・・

ロビアナ族は、20世紀初頭まで首狩の風習が残っており、

西洋人からも恐れられている戦闘民族でした。

現在も、割れた頭蓋骨や骨が散乱しているそうです。

そんなソロモン諸島の部族の首長の娘と結婚されました。

 

Yサトーこと佐藤行雄の現在の職業はビール会社役員&不動産経営

Yサトーこと佐藤行雄で現在はこの島には住んでおらず、

首都ホニアラでビール会社のビジネスをしているそうです。

近代的なビール工場で、Yサトーこと佐藤行雄さんは

ソロモンで唯一のビール会社

「ソロモン・ブリュワリーズ」の大株主にして重役として活躍されています。

会社創立後24年間経営に携わっているそうですよ。

現地の人を指導しながら、ビールが無かったソロモンにビールを根付かせました。


また、ソロモン諸島では不動産を29も持ち

経済界・財界にも大きな影響を持っているようです。

 

国会議員の経歴も

Yサトーこと佐藤行雄さんは町を歩けば

次々と握手を求められるほど、ソロモンを愛していると言われています。

なんとYサトーこと佐藤行雄さんは2001年から2005年まで

ソロモン諸島の国会議員として働いていたそうなんです。

そりゃぁソロモンの国民は知っていますよね!

Yサトーこと佐藤行雄さんのお陰で、現在のソロモンがあるともいわれています。

また、ソロモンの首相ともお友達のようです。

なぜ、

一体Yサトーこと佐藤行雄さんは何をして英雄とまで言われるようになったのでしょうか。

Yサトーこと佐藤行雄さんが首狩族の部族長の娘と結婚し

波乱万丈の人生を歩みながら

ソロモン諸島で英雄と言われるまでの歩みを追って生きたいと思います。

ソロモン諸島で民族紛争をたった一人で終結させ“英雄

と呼ばれるまでには相当な苦労があったのではないでしょうか。

それではいってみましょー!

 

Yサトーこと佐藤行雄の経歴!なぜソロモン諸島に?民族紛争終結させ“英雄となるまでの経歴

 

現在、Yサトーこと佐藤行雄さんは、

奥様の佐藤・ローズマリアさんとご結婚されています。

1900年代初頭は首狩を実際にしていたといわれており、

ローズマリアさんも間違いないといいます。

そんなローズマリアさんのおじいさんは最後の大首長。

そんなローズマリアさんとご結婚されたYサトーこと佐藤行雄さん

はいったいなぜソロモン諸島にいることになったのでしょうか?

その経歴を追ってみたいと思います。

 

首狩族の妻のお爺さんに首切られそうになるも1年逃げ切る!

佐藤行雄さんは1938年に鎌倉で生まれました。

大学まで進学しますが、海外に興味をもち、

7ヶ月で大学で退学。

まぐろ漁船の乗組員などを経験した後に、商社へ就職します。

商社に入社し、27歳のときにソロモン諸島を訪れたのですが

そこで人生を変える出来事に遭遇します。

なんと共通の知人を介し出会った

現在の奥さんであるローズマリアさんに一目ぼれ。

なんとそのとき、ローズマリアさんは16歳だったそうです。

幸せな交際が続くかと思いきや

ローズマリアさんのお爺さんはなんといっても首狩族の大首長・・!

Yサトーこと佐藤行雄さんを見つけたら、「首を切れ」と

命令を出していたそうです。

リアルに恐ろしいですよね・・・

二人が結婚できたのは、そのお爺さんが亡くなった

佐藤さんが30歳、ローズマリアさんが17歳のときだったそうです。

1年間逃げ切ったんですね。。w

結婚後東京移住!妻ホームシックでソロモン諸島にカムバック

Yサトーこと佐藤行雄さんは結婚4年後日本の東京へ移住。

佐藤さんの母とも慣れていたかと思いきや、

妻がホームシックに。

慣習や風習がことなる日本で暮らすことに不安を感じている

妻のことを思い、ソロモン諸島に

佐藤さんが35歳、ローズマリアさんが

22歳のときに移住することになりました。

職業が凄い!実業家で金持ち

Yサトーこと佐藤行雄さんは当時、貴重だった夜光貝の輸出を皮切りに

不動産など事業を拡大。

妻のため、必死に働きソロモンを代表する実業家になったのです。

現在は、ソロモン全土に食品や日用品雑貨を出荷する

卸会社も経営しているそうですよ!

なんと、過去には国内商店納税額トップ3にもなったことがあるようです。

Yサトーこと佐藤行雄はソロモン諸島の民族紛争を解決した英雄!国会議員

 

60以上の民族が住むソロモン諸島では

1998年にこれまでにない大規模な民族紛争が勃発。

 

国連の仲裁も失敗し、国が大混乱。

その時に、ソロモン人と結婚した中立的な立場の日本人だった

佐藤行雄さんに仲裁の白羽の矢が立ったのです。

民族紛争仲裁のため2001年に自ら国会議員に立候補。

見事に当選。

衝撃的な解決策を提案することになるのです。

これまで、仲介の和解がうまくいかなかったのは

外国の有名な方や国連の調停員は

反乱軍のリーダーと交渉するためには

話し合いの場に相手のリーダーを呼ぶ方法によって

行っていたそうです。

しかし、反乱軍のリーダーは現れませんでした。

そんな話を聞いていたYサトーこと佐藤行雄さん。

逆の発想で、自ら反乱軍の中に自ら入っていこうとしたのです。

道の無い反乱軍の本拠地に

カヌーで単身乗り込んでいったというから驚きですよね。

佐藤さんが行く前に2名の方が
事前交渉で、反乱軍の所にいき
ますが、皆殺しにあったそうです。

そのため、家族や友人は佐藤さん
が交渉にいく事には大反対だったそうです。

しかし佐藤さんはその反対を押し切り反乱軍の元に。

予想通り、鉄砲をぶっぱなされ、

丸裸にされました。

 

反乱軍のリーダー、ハロル・ケケからこう問われます。

「あんた私が怖くはないのか?」と

Yサトーこと佐藤行雄さんは答えます。

「怖い。だけどあなたに会う必要があるから来た」

「あなたにも悩みはあるだろう。あなたの立場になって話を聞くから」

その言葉に反乱軍の心が動かされたのです。

佐藤なら信頼することができる。

そう言わしめ、5年間にも及ぶ民族紛争を終結させることができたのです。

そのため、道を歩けばYサトーと呼ばれるわけですね!

なぜそこまで佐藤さんを突き動かしたのでしょうか。

その答えは、ソロモン人が好きだからと答える佐藤さん。

移住して築いた家族の故郷であり、

自分を育ててくれたソロモンのために動きたいその思いが

Yサトーこと佐藤行雄さんを突き動かしたのですね!

川畑静(カワバタ)はパプアニューギニアでビッグマン!偉業や経歴、現在は?

長谷川昌子(ハセガワマサコ)はなぜパキスタンに?学校建設の経緯は?長谷川恒男世界なぜそこに日本人

 

まとめ

2019年3月18日(月)  21時00分~22時48分 に放送される

世界ナゼそこに?日本人に登場する

ソロモン諸島で民族紛争を終結させた

日本人のYサトーこと佐藤行雄さんについてまとめてみました。

 

 

関連記事(一部スポンサードリンク)



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です