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美空ひばり邸の3婆は元家政婦!亡骸を自宅へ!最後の仕事とは 金スマ

亡き美空ひばりさんの自宅には、3婆といわれる方がいます。

彼女らは、元々美空ひばりさんの家政婦でした。

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美空ひばりの自宅で3婆が料理、掃除

1日3食を美空ひばりさんの仏壇に

美空ひばりさんの付き人であった方が、

1日3食を365日、毎日30年間欠かさず食事を運んでいるそうです。

料理番を担当するのは、辻村あさ子さん。

自分たちの中で生きていると同じ感覚で接しているそうです。

最年長の斎藤さんは、食後の紅茶も準備。

家政婦のリーダーは関口さん。

200坪3階建ての豪邸を、美空ひばりさんを起こさないように

掃除機を使わず掃除をされています。

なぜ、ここまで美空ひばりさんが亡くなっても

尽くされているのでしょうか。

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美空ひばり邸の3婆が家政婦になった経緯

美空ひばりさんの熱狂的なファンだった関口さんを

母がスカウトし、付き人に。

5年後に斎藤さんが

昭和48年に美空ひばりさんの豪邸が完成し、

辻村さんが料理番に。

美空ひばりさんとは別々に食事を取るときは別々に食事を取っていたなごりで

今もキッチンで食事をされているそうです。

美空ひばり邸での家政婦の仕事の苦労

美空ひばりさんに楽しんでもらおうと、

出し物もすることもあったそうです。

美空ひばりさんは麻雀が好きで、麻雀仲間と徹夜麻雀することもしばしば。

森光子さんなど名だたる方々が麻雀に訪れていたそうです。

美空ひばりさんは、家政婦の3婆に対して心遣いがとても素晴らしく

アクセサリーや色紙など贈り物をしていたようです。

そのご恩を返しているようです。

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美空ひばりの亡骸を自宅へ!最後の仕事とは

 

特発性間質性肺炎が招いた呼吸不全により52年の生涯を終えた美空ひばりさん。

美空ひばりさんは、なくなる際、家政婦の関口さんだけには

死ぬことに対し、弱音を吐いたことも。

美空ひばりさんの容態が悪化、

平成元年6月24日に美空ひばりさんは亡くなりました。

1日も早く自宅に帰ることを望んでいた美空ひばりさん。

その遺体を自分たちの手で自宅に連れて帰る

それが家政婦としての最後の仕事だったそうです。

美空ひばりさんの遺体がマスコミにさらされないように

すぐに病院から連れ出した、家政婦たち。

萬屋錦之介さんに助けをもとめ、

病院内の人目につかないルートで裏口から脱出しました。

 

自宅にたどり着いたとき、

まだ体に温かさが残るほど自宅に戻るほど迅速だったそうです。

 

自宅につれて帰り、弔問客が訪れる為、新品の着物を着せたそうです。

美空ひばりさんへの愛情がとめどなく感じられるエピソードですね。

 

 

 

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